キッチンツールという新分野の開拓を狙って開発されたSITAKUシリーズは、2004年の有田HOUENシリーズでも一緒に商品開発を行った、デザイナーの小泉誠さんにデザインを依頼してスタート。KIHARAにとって新たな試みとなった、「有田焼でキッチンツールを作る」プロジェクトがどのように進行したのか、小泉さんにお話を伺いながら開発ストーリーを追った。
(取材・文:ハマノユリコ)
コミュニケーションツールにもなる、道具としての器
SITAKUシリーズは、擦る、絞る、おろす、保つ、置くという食事の支度を少しだけ台所から移し、食卓で家族と語らいながら使う、コミュニケーションツールとしての機能を持たせた新しいキッチンツールだ。
KIHARAからの「有田焼でキッチンツールを作りたい」とうい要望に対し、デザイナーの小泉誠さんが提案したコンセプトが「道具として使える器」だった。
おろし器・すり鉢・すり棒・レモン絞り・お玉立て・キャニスターなど、バリエーションの豊富なSITAKUシリーズだが、その商品ラインナップはどのようにセレクトされたのだろうか?
「調理する環境を考えたとき、『台所ではなく食卓で行えたら』とイメージしたら、楽しいシーンがいくつも浮かんできたんです」と話すのは、デザイナーの小泉さん。
例えば食卓を囲む食事の定番、鍋料理なら、「鍋のときに必要なもの、レモンを絞ったり、ごまをすったり、大根やしょうがをおろしたりする道具たち。鍋をすくうのにはお玉もいるからお玉立て。残った薬味はキャニスターにいれて保存。そんな一連の食卓の様子をイメージしました」。
片手で扱えるサイズへのこだわり
直径10センチの小振りな円形のフォルム。そこには、食卓で使うからコンパクトにという狙いも当然あるが、やきもので作るキッチンツールとしてのこだわりもあるようだ。
「食卓で支度をするのに扱いやすく、女性の手でもにぎりやすい、器としても機能する大きさや形にこだわりました。あと、技術的な面でいえば、磁器制作において、適切に加工することができるサイズも考慮してデザインしています」と小泉さん。
KIHARAの開発担当スタッフは、「大きいと台座にストッパーなどをつけないと滑って扱いにくくなるんですが、片手でにぎれるサイズなら、ずれることなくしっかり固定して作業ができるので使いやすいんですよ。小さいので離乳食なんかにもおすすめです」と付け加えた。
産地で開発した技術を、商品として普及する
商品開発にあたり、小泉さんがもうひとつ大切にしたのが「有田でしかできない技術を積極的に使うこと」。シリーズの中でも売れ筋になっている「おろし器」もそのひとつだ。
有田の窯元が独自に開発したおろし器のすり面からは、さまざまな試行錯誤のあとが見て取れる。
円形のおろし器(小)は、一般的なおろし器のように突起が鋭利にトゲトゲしていない。ざらざらとしたな砂目のような肌合いなのに、やさしくこするだけで、わさびやしょうがの筋を残さずきめ細かにすり下ろすことができるのだ。
四角いおろし器(大)は逆に、トゲトゲ自体は見慣れたものに感じるが、その並びに特徴がある。当初、これまでの既製品と同様に規則正しい配列パターンで試作したが、このサイズの長方形の面の中では、うまくすり下ろすことができなかった。
なるほど、円を描くようにすり下ろすスペースがある形状であれば可能だが、長方形では前後一定方向に動かす動作になるため、規則正しく並んだ突起では全くすり下ろせないのだ。
そこでランダムなパターンを試作する際に、小泉さんが参考にしたのがなんと「江戸小紋」の柄だった。なかでもすり具合の良かった「むじな菊」のパターンが採用され、ひとつひとつの凸部は三角錐に改良するなど、道具としてのすり心地を追求する作業が続いた。
産地で開発した技術を、商品として普及させ、利益を産地に還元する。技術を埋もれさせることなく、つなげていくための商品開発。プロジェクトにそういった意義を持たせることも、KIHARAが目指す商品開発の一面といえるだろう。
有田焼で道具としての精度を保つことの難しさ
今回「道具として使える器」がコンセプトということもあり、特殊な加工や片口の形状など機能性を追求しているだけでなく、重ねてしまえる収納性も重要なセールスポイントとなっている。
しかし、やきものというのは精度を出すのが非常に難しいプロダクトといわれており、焼く前と焼いた後では十数パーセント収縮する。焼き締まる特性があるため、精度の高い量産品を作るのは至難の業だ。
特に今回のように重ねてしまえる収納性をポイントにしたデザインでは、重なり合う上下の器が、大きなゆるみなく、しっかりと合わなければ美しくない。
ゆがみやサイズの誤差は極力少なくしなければならないが、窯の中の焼く位置でも影響を受けるし、陶土の調整や、季節、気温、湿度など、さまざまな要素の微妙な変化が影響する繊細なものづくりだ。
さらに、量産しているうちに型が磨り減り、器の厚みがだんだん厚くなってしまう。そのため、量産体制に入った後も、絶えず生地の状態をチェックし、改良を続ける必要があるという。
今回も熟練した職人たちの経験と試行錯誤により、さまざまな条件をクリアして開発が進められた。
つくれる形とつくれない形、つくる必要のある形
「どんな素材にも言えることですが、つくれる形とつくれない形があること、そして、つくる必要のある形を素材と向き合いながら探すこと。陶磁器に関しては、地域や窯元さんによって技術や心意気が異なるので、KIHARAさんのようにアイテムに合わせて窯元さんを見極める地元の目は大事ですね」。
陶磁器だけでなく、これまで木製品や鋳物など、さまざまな商品開発に携わってこられた小泉さんの言葉は、これからの産地のあり方、外部デザイナーとの取り組みを示唆するヒントとなるだろう。
DESIGNER
小泉 誠
1960年東京生まれ。デザイナーの原兆英・原成光両氏に師事した後、1990年コイズミスタジオ設立。箸置から建築まで生活に関わる全てのデザインを手がける。2003年にはデザインを伝える場として東京の国立市に「こいずみ道具店」を開きリアルなデザイン活動を展開している。
http://www.koizumi-studio.jp/