有田焼特有の美しい白磁と染付の青をベースとした1stシリーズ、新しい和のWANをテーマに展開した2ndシリーズ、有田焼を語る上で欠かせない四つの様式を踏まえつつ、新たな有田焼の創出を試みた3rdシリーズ(有田四様)まで、2004年から2011年にかけシリーズ商品を発表してきた「有田HOUEN」。長きにわたりKIHARAの代表作でありつづけた本シリーズは、プロジェクトスタートから20年を経た2023年末、新たなフェーズへと歩を進める。区切りとなる今、当時を知る担当者を交え想いを聞いた。
(取材・文:ハマノユリコ)
普遍的な器の形を世に問う「有田HOUEN」プロジェクト
「有田400年の歴史を生かし、これからのライフスタイルを演出する伝統とモダンが融合された器を作り出したい」
そんな思いから、有田の窯元と8名のデザイナーとのコラボレーションが始まったのは2003年。今から20年も前のこと。
「当時、地場産業活性化事業のため、多摩美術大学教授でテキスタイルデザイナーの髙橋正さんが有田によくいらしていたんです。有田焼産地のこれからを考える中で、何かやろうということになって・・・」
プロジェクトの始まりを懐かしそうに思い起こす、現・キハラ会長の木原長正さん。当時最前線でプロジェクトを担っていた。
「髙橋正さんの声かけで、デザイナーの近藤康夫さんがプロジェクトに加わり、形状のプロダクトデザインと絵柄のグラフィックデザイン、それぞれ別のデザイナーが担うという『有田HOUEN』の骨子が組み立てられていき、気がつけばあっという間に月日が流れていました」
66形状、132種類を一挙に開発
2003年の夏頃にプロジェクトの話がもちあがり、デザイナーの選定やコンセプトを決め、2004年早々には具体的な開発に入っていたという。
2005年3月、青山のスパイラルで「有田HOUEN」を初披露するため、開発期間約一年で66形状、132種類を作り上げたというから驚きだ。
「とにかく発表に間に合わせなければと必死でした。発表当日の朝、窯から上がったばかりの商品をもって、東京行きの飛行機に乗り込んだのを覚えています」(木原会長)
エッジの効いたデザインの数々
有田焼独特の美しい白磁と染付の青をベースに、伝統とモダンが融合された器を展開する「有田HOUEN」。発表時のラインナップにはエッジの効いた斬新なデザインも多い。
川上元美さんが形状をデザインしたシリーズは、凛としたシャープな美しさが際立っている。
「このデザインを実現するために、新しい土の開発を試したり、シャープなラインを出すための型の開発に悩んだり、初めての経験ばかりで」と当時の戸惑いを語る木原会長。
小泉誠さんがデザインした形状に、佐藤晃一さんがグラフィックデザインを施した水玉模様のシリーズでは、印刷物の色指定とは異なる焼きものならではの発色のコントロールが難しく、佐藤さんとイメージのすり合わせをするのに何度も焼き直さなければならなかったという。
近藤康夫さんデザインのシリーズは厚みのある形状が特徴で、中空にするための工夫が施されている。吉澤美香さんの大胆なグラフィックが目を引くシリーズだ。
橋本夕紀夫さんが形状をデザインしたシリーズは、「ひねる」がテーマ。形自体にひねりを加え、かつスタッキングを可能とするオブジェのような形状は、焼成により収縮する焼きものの世界では非常に難しい。
当時、まだ経験の少なかったKIHARAスタッフにとって、初めての本格的な商品開発の現場で、デザイナーの意向を汲み、窯元へディレクションする仕事が困難を極めたことは想像に難くない。苦い思い出もあったことだろう。
しかし、20年前のこうした経験が、今のKIHARAの商品開発の力になっていることは確かである。
社運をかけた大規模なプロモーション
プロモーションについても、初めての経験ばかりだった。
佐賀県の有田焼産地から、市場のトレンドが集まる東京・青山へ、商品のプロモーションに出向く。
2005年当時、有田焼の商社が一社で商品発表会を行うというのは稀有なことだったのではないだろうか。
「青山スパイラル」での展示発表を皮切りに、「銀座松屋」や恵比寿のカッシーナ・イクスシー「SPAZIO」など東京での展示会のほか、2007年 パリの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出展。KIHARAは海外でもプロモーションを展開していく。
メゾン・エ・オブジェで世界に発信
有田焼独特の美しい白磁や伝統を特徴づける染付の青をベースにした「今、最も新しいARITA」と銘打ち「メゾン・エ・オブジェ」で有田HOUENを世界に向けて発信したKIHARA。2009年には「インテリアライフスタイル China」(中国)へも出展した。
覚悟を持って次のステージへ
白山陶器の森正洋さんと生前親しくされていたという木原会長。
「森さんからデザインの重要性について常々教えていただいていたこともあり、このプロジェクトでKIHARAは次のステージにいけるのではないかという期待感がありました」
しかしながら、あまりにも大きなプロジェクトなので不安もあったそう。
モヤモヤとした思いを抱えていた木原さんの背中を押したのが、当時営業部長で、現・キハラ社長の松本幸治さんだ。
百貨店や器専門店での売り上げが減り、売り場が変わってきたことを感じていた松本さんは、新しい販路を開拓しようとインテリアショップなどに営業をかけてみるものの、取り合ってもらえず悔しい思いをしていたという。
「KIHARAに興味をもってもらうには、自分たちの武器になる商品が必要だと考えていました。ブランドとして価値をつけていかなければと」(松本さん)
「社会的な機運も感じていたので、成功する自信がありました」と意欲的だ。
プロジェクトを通して出会った近藤康夫さんからの学びもKIHARAの大切な財産になっている。
「商品の開発からプロモーションの仕方まで、自分たちだけでは気づかなかったさまざまなアドバイスをいただきました」(木原会長)
先達からの教えをもとに、次のステージへと一歩踏み出したKIHARA。
2008年には「有田HOUEN」の第二弾となる「WAN」、2011年には第三弾の「有田四様」を発表し、プロジェクトを継続していった。
有田HOUEN 2ndは、新しい和のWANをテーマに展開
1stと同じ8人のデザイナーが、各々新しいお碗のデザインに挑戦し形状開発した有田HOUEN 2nd。
左から)川上元美「波紋(HAMON)」/ 髙橋正「YACCO」/ 佐藤晃一「オアシス」/ 近藤康夫「フタフタ」 / 吉澤美香「七分碗」/ 橋本夕紀夫「GOTSUWAN」/ 永井一正「薔薇の香り」 / 小泉誠「wan’s」
商品開発資料:有田HOUEN 2ndより
髙橋正「YACCO」 / 吉澤美香「七分碗」/ 永井一正「薔薇の香り」
商品開発資料:有田HOUEN 2ndより
橋本夕紀夫「GOTSUWAN」/ 近藤康夫「フタフタ」 / 佐藤晃一「オアシス」/ 川上元美「波紋(HAMON)」
デザイナーと有田をつなぐ
プロジェクトの話を紐解くうちに、「そういえば」と木原会長。
「有田HOUEN」という名前が決まる前、このプロジェクトは「D hand A」と呼ばれていたことを思い出す。
「D hand A」?
同席した若手スタッフも初耳のようだ。
「Designer(デザイナー)とArita(有田)をhand(つなぐ)意味だったかな。
当時、産地内では外部のデザイナーと組むものづくりの事業が増えていた時期でした。でも、商品を作ったというだけで、単年で終わってしまうプロジェクトがほとんどでしたね」
そんな中、KIHARAが「有田HOUEN」というシリーズを20年も続けることができた理由とは?
「有田HOUEN」がもたらしたもの
「爆発的に売れたわけではないけど『有田HOUEN』を発表したことで、何か面白いことをやっている会社だというアピールにはなったと思います。
一線で活躍するデザイナーの方々と大々的に発表もしてしまったので、引くに引けなくなったとも言えますが」と笑う木原会長。
「有田HOUEN」があることで信用が得られるようになり営業もスムーズになった。KIHARAの既存商品に興味をもってもらえる機会が増えたのも嬉しい効果だ。
「有田HOUEN」の発表をみて、KIHARAの一員になったスタッフもいる。
「デザインの勉強をしていた学生の頃で、当時は焼きものの会社に勤めることは考えていませんでしたが、面白い会社だなと記憶に残っていました」
数年後にご縁があり、その時の印象が入社の決め手になったと話すのは、KIHARAのインハウスデザイナー池田和浩さん。
これもまた「有田HOUEN」がつないだご縁といえるだろう。
発表から20年を迎えて
KIHARAブランドの基礎を築き、さまざまなつながりをもたらした「有田HOUEN」に一旦区切りをつけること決めた木原会長は、当時の熱量を思い出しながら「こんなこと、よくやったなぁ」と感慨深げだ。
「思い入れのあるプロジェクトなので、寂しい気持ちはもちろんありますが、時代の変化を見極め、また新しいプロジェクトやビジネスを生み出していってほしい」と次世代のスタッフに思いを託した。
【今後の販売について】
「デザイナーと地場産業の新しい試み」として誕生した「有田HOUEN」は、シリーズとしての販売を終了し、一部商品群は名称を変え、KIHARA商品として継続販売してまいります。在庫限りで販売終了となる商品もございます。予めご了承ください。
「有田HOUEN」から独立した4つのシリーズのご紹介
川上元美×永井一正デザインの商品群は「Rin(りん)」、橋本夕紀夫×髙橋正デザインの商品群は「Hineri(ひねり)」、小泉誠氏が形状のデザインを担当した商品群は、佐藤晃一氏のグラフィックによる「Mizutama(みずたま)」と、白磁をベースに新たな色展開を加え発展させた「Fita(フィータ)」として展開してまいります。
有田HOUENの歩み
2003年 有田HOUENプロジェクト始動
2004年 有田HOUEN 1st(普段使いの器)販売開始
2005年 青山のスパイラルで有田HOUEN展示発表会
2006年~ インテリアライフスタイル・ギフトショーに継続的に出展・発表
2006年 西麻布のレストランで有田HOUEN展示発表会
2006年 松屋銀座で有田HOUEN展示発表会
2007年 メゾン・エ・オブジェ(フランス)展示
2008年 有田HOUEN 2nd(新しい和のWAN) 販売開始
2008年 SPAZIO Ebisu・カッシーナ・銀座松屋で2ndの展示発表会
2009年 メゾン・エ・オブジェ(フランス)出展
2009年 インテリアライフスタイルChina(中国)出展
2011年 有田HOUEN 3rd(有田四様)販売開始 / 銀座松屋で展示発表会
2017年 KIHARA TOKYO 企画展「有田HOUEN −有田四様−」
2018年 KIHARA TOKYO 企画展「有田HOUEN」
2023年 有田HOUENプロジェクト 20周年
有田HOUEN 1st / 2004年発表
約1年半の開発期間を経て2004年に発表した1stシリーズには、8人のデザイナーが参加。
フォルムデザインとサーフェスデザインを別々のデザイナーが手がけ、4組によるコレクションが誕生しました。有田焼特有の美しい白磁、伝統を特徴づける染付の青をベースに、新しい有田焼の発信を試みたプロジェクトです。
[フォルムデザイン×サーフェスデザイン]
川上元美×永井一正 / 橋本夕紀夫×髙橋正 / 近藤康夫×吉澤美香 / 小泉誠×佐藤晃一
有田HOUEN 2nd / 2008年発表
続く2ndシリーズでは、新しい和のWANをテーマに展開。
参加デザイナー8人それぞれが新たな碗を発表しました。
川上元美「波紋(HAMON)」 / 永井一正「薔薇の香り」 / 橋本夕紀夫「GOTSUWAN」 / 髙橋正「YACCO」/ 近藤康夫「フタフタ」 / 吉澤美香「七分碗」 / 小泉誠「wan’s」 / 佐藤晃一「オアシス」
有田HOUEN 3rd「有田四様」 / 2011年発表
3rdシリーズとして位置付けられるのが2011年に発表された「有田四様」です。
有田焼を語る上で欠かせない代表的な四つの様式、「初期伊万里様式」「柿右衛門様式」「鍋島様式」「古伊万里様式」を踏まえつつ、現代の生活に調和する新たな有田焼の創出を試みました。